言いたい放題映画レビュー*マイ・ドッグ・スキップ
f0122159_19344521.jpg内気な少年ウィリーの側には、いつも愛犬スキップがいた。
たったそれだけのストーリーなのに、観る度に嗚咽をあげて号泣してしまいます(照)。

原 題 my dog skip(00年/米)
監 督 ジェイ・ラッセル

原 作 ウィリー・モリス
脚 本 ゲイル・ギルクリースト
美 術 デヴィッド・J・ボンバ
出 演 フランキー・ミューニース ケヴィン・ベーコン ダイアン・レイン

原作者は、映画の主人公であり後に作家となったウィリー・モリス。彼の幼少時代から自立するまでの実体験を綴った小説がベストセラーとなり、その小説を映画化したのが本作「マイ・ドッグ・スキップ」です。

内気で気弱な少年ウィリーの成長の側には、いつも愛犬スキップがいた。
たったそれだけの話なのに、観る度に嗚咽を上げて号泣してしまうのは何故だろうか(笑)?。
それは、優れた美術セット・自然や時代を背景に、ひとつひとつのエピソードが愛情を伴って丁寧に描かれているからであり、なおかつ確かな演技や演出がきちんとされているからだと思う。
たかが子供と犬っころの交流記と侮るなかれ。この映画は、大人も子供も、性別や人種や時代さえも超えて、全ての人達に愛されることでしょう。

映画の中で度々登場する言葉。
「一人っ子の僕と一人っ子のスキップ」。
スキップは孤独な少年ウィリーの心に風穴を開け、子供らしい活気あるものにしてゆく。そして内気で引っ込み思案だったウィリーにスポーツの楽しさを教え、いじめっ子に立ち向かう勇気を与え、ほのかな恋の掛け橋となる。それだけじゃない。自然の雄大さ力強さ、素晴らしさを教えてくれたのもスキップだった。
スキップと共に過ごしたエピソードの全てはたわいない日常のことなのだが、そのどれもが心に深く焼き付き、忘れがたいものになっている。

ウィリーの痛みはスキップの痛み、ウィリーの喜びはスキップの喜び。
スキップは病院で横たわっている時でさえ、ウィリーに新たな感情を与える。それは生命を慈しむ心であり、少年を青年へと成長させる大切なステップだった。
ウィリーの成長の側には、いつもスキップがいた。そんなエピソードがひとつひとつ丁寧に積み重なれてゆくのだから、掛け値なしに感動してしまう。

ウィリーが街を後にする時のスキップの表情は、いっぱしの役者そのものだ。
ウィリーの成長に目を細めつつ見送るスキップ。その後、ウィリーの部屋を一人占めしたスキップの役者ぶり。

「幼少時代の野球のユニフォームに包んでニレの木の下に埋葬した。でも違う。スキップは僕の心の中に埋められたんだ。」という下りで鼻水垂らして号泣(笑)。
「子供時代の犬は、友情・愛・死について、多くを教えてくえる。一人っ子の僕と、忠実で愛情深い犬。生きる辛さや、子供時代の様々な試練を支えたくれた忠誠と愛情こそが、生涯忘れ得ぬ大切な宝となった…。」
ウィリーのこの言葉が全てを物語ってくれているんですが、何度観ても号泣し、愛犬チャー子を無理矢理抱き締め嗚咽をあげてしまいます(笑)。
いやぁ〜映画ってほんっとにいいもんですねぇ〜と誰もが思うことでしょう。
いやいやレビューを書きながら、またしても涙(笑)。てへ(照)。

父親役のケビン・ベーコン、さりげない演技で良いですね。
特に、野イチゴ摘みに入った森でのシーンが印象的です。ウィリーの問いかけに、胸中は複雑ながら父親らしい姿勢で言葉を濁すことなく応えるあたり。その表情のひとつひとつが奥深いものに感じられるのも、確かな演技があってこそと感じます。隣人ディンクとの会話も印象的でした。
母親役のダイアン・レインも素敵です。
子を思う母親心を、出しゃばりすぎない存在感で体現しています。

この小説を映画化するにあたり、当時の街並や雰囲気を再現する際、ノーマン・ロックウェルの作品をヒントにしたそうな。街並はもちろん、床屋や肉屋等のウィンドーや店内、人々のファッションや佇まい・ウィリーの部屋の本棚から壁に貼ってあるポスター等に至る全ては、まさに彼の作品を彷佛させるきめの細かさで、大人の目にも楽しめる仕上がりとなっています。
美術が非常に優れているので、製作側の小さなこだわりを見つけるのも楽しみの一つですが、当時の時代背景をさりげなく物語っているあたりも注目すべき点でしょう。
舞台は40年代初頭のミシシッピ。映画はその注目にちゃんと応えてくれています。
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by pugslife | 2007-03-07 19:35
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